鉄道唱歌で行く東海道本線 2 / 青春18令和2年夏紀行 2日目
新橋駅に戻ってきました。
新橋駅6時18分発、熱海行き鈍行列車。
首都圏の列車は普通列車でもグリーン車を連結していて、グリーン車はダブルデッカー構造になっています。
で、そのグリーン車階下席へ。
グリーン車階下席
リクライニングシートが並びます。
普通車は4扉ロングシートなので、天と地の違いです
線路が何本も並ぶ都会の鉄道線
右は高輪泉岳寺
四十七士の墓どころ
雪は消えても消えのこる
名は千載の後までも
窓より近く品川の
臺場も見えて波白く
海のあなたにうすがすむ
山は上總か房州か
かつては列車の車窓からお台場や、房総半島まで見えていたんですね。
今は高層建築のど真ん中、海など全く見えません。
ちなみに鉄道草創期、新橋~品川間においては土地を所有する薩摩藩の反対で用地買収が難行しました。いかに強権的な明治政府といえど薩摩潘相手では強制収用もできず、苦肉の策として海中に築堤を築いて線路を敷設したそうです。
ダブルデッカー車両では二階席を選択する乗客が多いものですが、階下席も普段とは違う下からの視線で窓外が見れて、なかなか面白いものです。
川崎駅
梅に名を得し大森を
すぐれば早も川崎の
大師河原は程ちかし
急げや電氣の道すぐに
川崎大師への参詣客輸送を目的とした大師電気鉄道、現在の京浜急行電鉄大師線の開業は明治32年、鉄道唱歌が発表される前年です。
ところで、座席背面のテーブルに貼ってあるシール
ぼくは自動券売機で磁気券のグリーン券を購入し乗車しましたが、
JR東日本のICカード「suica」を所持していれば、カードを自動券売機に入れて操作することによりグリーン車にも乗車できるそうです。
そしてグリーン車にも乗れるよう処理したカードを
天井のセンサーに近づけると、ランプの色が変わり、その席は自分の席ということになって、検札が来ることもないそうです。
世の中進歩したなあ・・
鶴見神奈川あとにして
ゆけば横濱ステーシヨン
湊を見れば百船の
煙は空を焦がすまで
英国の指導で造られた日本の鉄道、初期のころ station は「停車場」と言ったり、そのまま「ステーション」と言ったり、さらにそれが訛って「ステン所」などと呼ばれていました。
時代とともに古代律令制の宿駅を表す「駅(驛)」という言葉が使われだし、昭和11年に正式に「駅」と定められました。
さすが日本の大動脈、貨物列車も多数走っています。
大船駅、7時着
ここでいったん降ります。
熱海へ走っていく電車を見送ってからホームを移動
横須賀線の電車に乗り換えます。
横須賀行きは乘換と
呼ばれておるゝ大船の
つぎは鎌倉鶴が丘
源氏の古跡や尋ね見ん
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