11時30分、竹松止まりの列車が諫早からやってきました。これも国鉄66系気動車2両編成、折り返し11時46分発、長崎行きとなります。長与経由の旧線を通っていく列車です。
駅の裏では長崎新幹線の工事が行われています。
定刻、列車は発車。
再び大村湾を望みながら進みます。
右にながむる鯛の浦
鯛つる舟もうかびたり
名も諫早の里ならぬ
旅の心やいさむらん
旅の心もいさむ諌早駅につきました。
ここで現在の長崎本線と合流します。
列車は進み、西諌早を過ぎて喜々津駅。この先、長崎本線は二手に分かれます。この列車は北側の旧線経由です。
北側の旧線は明治31年開業。少しでも線路をひきやすい谷間を選びながら、地形に忠実に敷設されています。当然勾配・急カーブも多く、スピードアップのネックとなっていました。
一方で南側の新線は昭和47年開業。こちらは地形を完全に無視してトンネルと高架橋で直線的に結んでいます。
喜々津を出ると再び大村湾の海岸沿いを走ります。
大草駅を出ると、列車は山中に分け入っていきます。
本川内駅(ほんごうちえき)、かつてはスイッチバック駅でした。
現在はスイッチバックは解消され、列車はまっすぐ直通します。
現在のホームの奥には、スイッチバック駅だったころの古いホームがまだ残っています。
長与駅。
そして道ノ尾駅に停まります。
故郷のたより喜々津とて
おちつく人の大草や
春日長與のたのしみも
道尾にこそつきにけれ
鉄道唱歌は61番から63番まで駅名の語呂合わせが続いています。
そして浦上駅。ここで南側から来た新線と合流します。
浦上駅は明治30年開業、開業当初は長崎駅を名乗っており、長崎本線の終着駅でした。鉄道唱歌が発表された明治33年当時、ここが長崎駅だったことになります。
その後、明治38年に現在の長崎駅まで延伸開業、それまでの長崎駅は浦上駅と改称されました。
新幹線の工事が進む横を走り、長崎につきます。
長崎着、定刻12時55分。
終着駅長崎、この先線路はありません。
千代に八千代の末かけて
榮ゆく御代は長崎の
港にぎはふ百千船
夜は舷燈のうつくしさ
長崎駅。
汽車よりおりて旅人の
まづ見にゆくは諏訪の山
寺町すぎて居留地に
入ればむかしぞしのばるる
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