カリバ旅行記

狩場宅郎のカリバ旅行記。温泉、鉄道、路線バスなど。

東北本線 460C 上野~赤羽

鐵道唱歌で行く信越本線 1 / 青春18令和3年春紀行 初日

 

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3月に入った早朝4時半、東京の上野駅に来ています。

昭和7年完成の上野駅広小路口駅舎。

 

 

昨日、仕事が終わって福岡空港へ行き、飛行機で羽田へ。そこからモノレールと山手線電車で移動し、着いたのが0時前ごろ。

それから今までネットカフェで休んでおりました。

 

そんな次第でおもいっきり寝不足です。

 

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駅舎内の通路

 

 

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その奥には自動改札機がずらりと並びます。

 

ぼくは一番端の有人改札に行き、青春18きっぷにスタンプを押してもらって中に入ります。

 

 

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 改札口を抜けると、櫛型ホームが並びます。

かつてはこのホームから長距離列車が発着していました。

 

ぼくも昔、20代のある年の冬、このホームから583系寝台電車で運行された臨時列車の「はくつる81号」に乗って北海道まで行ったことがあったっけな・・・

 

上野発の夜行列車「はくつる81号」降りたときから、

青森駅は雪の中。

北へ帰る人の群れはみんな・・・

 

・・・みんなぺちゃくちゃ喋り捲ってうるさくて、閉口したよ・・・

 

 

 

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今は長距離列車はなくなりましたが、この櫛型ホームからは今も上野を始終発とする中距離電車が出ています。

本当は旅情たっぷりの、この櫛形ホームから出発したかったのですが、そうはいかなくて・・・

 

今回サブタイトルを「鉄道唱歌で行く信越本線」としました。

この上野から「鉄道唱歌 第四集 北陸篇」に沿って、高崎線信越本線を通って新潟まで行って見ようと思います。

 

しかし、上野を出た中距離電車は尾久を経由します。東北本線の尾久を経由する路線の開業は昭和4年

鉄道唱歌が出版された明治33年当時はすべての列車が王子を経由していました。

なのでぼくも今回、王子を通っていきたいと思います。

 

 

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そんなわけで、王子を通る京浜東北線のホームに移動してきました。

 

ちなみに「京浜東北線」というのは正式な路線名ではなく、正式名称は「 東北本線」です。

京浜東北線というのは大宮~東京~横浜~大船間、すなわち東北本線東海道本線根岸線を直通運転する近距離電車の系統名です。

 

 

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 そこに4時53分発大宮行き電車が入ってきました

 

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 長い編成の電車にはこんな早朝から乗客が乗っています。

さすが、大都会の東京は違うな・・・

 

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 鶯谷から日暮里、西日暮里とすぎて

 

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 田端駅に着きます。

 

鐵道唱歌 北陸地方 一

 

車輪のひびき笛の聲

みかへる跡に消えて行く

上野の森の朝月夜

田端は露もまださむし

 

田端は山手線の乗換駅。こんな早朝からホームには多くの乗客が居りました。さすが、大都会東京は違う・・

 

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 王子につきます。

 

鐵道唱歌 北陸地方 二 三

 

見あぐる岸は諏訪の臺

それにつゞきて秋の夜は

道灌山の虫のねを

こゝまで風やおくるらん

 

見よや王子の製紙塲

はや窓ちかく來りたり

すきだす紙の年にます

國家の富もいくばくぞ

 

明治6年に王子で創業した王子製紙。王子工場は昭和22年まで稼働していした。

 

 

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 そして赤羽着、5時10分。ここで降ります。

 

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鐵道唱歌 北陸地方 四 五

 

春はさくらの飛鳥山

秋は紅葉の瀧の川

運動會の旗たてゝ

かける生徒のいさましさ

 

まもなくきたる赤羽は

品川ゆきの乘替塲

目白目黒の不動へも

よれや序の道なれば

 

赤羽からは現在、赤羽線が分かれて池袋まで行き、山手線と連絡しています。

(一般的には「埼京線」と言ってますがこれも京浜東北線と同じく電車の運転系統を示す通称で、正式路線名は「赤羽線」です)

 

現在の東北本線常磐線高崎線を建設したのは「日本鉄道」という私鉄でした。

 

日本鉄道は、新橋から西に延びる官設鉄道(国鉄)と連絡するために、赤羽から分岐し品川に至る「品川線」を明治18年に開通させます。これがのちに赤羽線・山手線(赤羽~池袋~品川間)となります。

 

ちなみに日本鉄道品川線は旅客よりも貨物の輸送を主目的として建設されました。

 

現在は長編成の電車が大勢の乗客を乗せて数分おきに行きかう赤羽線・山手線。

しかし明治18年3月1日の開業日、旅客列車も運行されましたが、当日の乗客数は「0人」だったそうです。

 

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  赤羽線には乗り換えませんが、ここで高崎行の列車に乗り換えるために中距離電車のホームに移動してきました。

 

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