「鉄道連絡船」を行く 序章 / 青春18令和元年夏紀行 4日目
昔、鉄道連絡船というものがありました。国鉄末期~JR初期には青函・宇高・宮島の3航路があり、これらは営業上、鉄道路線の一部という扱いでした。青函連絡船はトンネル、宇高連絡船は橋の開通で姿を消しました。
いま、鉄道連絡船は存在するのでしょうか。
「連絡船」というからには、鉄道と鉄道の間に水面があり、水上を列車は走れないので駅と駅の間を航路で連絡する、というのが本来の姿ではないか・・・とすると、
上記3航路では、宮島航路をJR西日本フェリーが運航を引き継いで現存してます。しかし宮島口では山陽本線と連絡しますが、宮島には鉄道は存在しません。これは実質は離島航路で、それをたまたま鉄道会社が経営しているといった感じで、真の鉄道連絡船とはいいがたいようです。
鉄道と連絡している航路としては、ぼくが把握しているものは南海フェリー、富山県営渡船、やまさ海運、があります。
南海フェリーは和歌山港で南海電鉄と連絡しています。しかし徳島側には鉄道はなく、バスで徳島市内まで向かうことになります。
かつては徳島市の南、小松島港へ運航しており、国鉄小松島線で徳島駅まで、さらに高知まで急行列車が直通し大阪-高知間のルートを形成してましたが、過去の話です。
富山県営渡船も経緯は似たようなもので、越の潟で万葉線に連絡しますが、対岸の堀岡で連絡していた富山地方鉄道射水線は廃線になっています。
やまさ海運は三池港で西日本鉄道と連絡し福岡-島原間を結んでいます。しかし三池港まで鉄道が来ているわけではなく、大牟田駅-三池港間はバス連絡になります。さらに島原側では一応、徒歩圏内に島原鉄道の島原外港駅があり鉄道で島原駅には行けますが、たいていの人はフェリーターミナルに直接発着するバスで島原市内に向かうでしょう。
結局いずれも「鉄道連絡船」としては、ちょっとどうかな・・・というところです。
ところで、防予フェリーという航路があります。愛媛の三津港~山口の柳井港を結んでいます。
愛媛側では伊予鉄道の三津駅、山口側ではJR山陽本線柳井港駅が徒歩圏内にあります。
伊予鉄・防予フェリー・JR西日本の3社が連絡運輸を行っているわけではありませんが、松山市内から伊予鉄・防予フェリー経由で柳井港まで行き、JRで岩国・徳山方面に向かう旅客も一定数はいると思われます。
今残る航路で、ぼくが把握している中ではこれが最も「鉄道連絡船」に近いような気がします。
というわけで、令和元年夏の青春18紀行4日目、「鉄道連絡船」の旅に出発します。
まずは今来ている今治から松山までJRで移動します。
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