万葉線の電車に乗って越ノ潟駅までやってきました。
ここから富山新港の湾口を横断する富山県営渡船で対岸の堀岡へ渡ります。
富山新港は、かつては「放生津潟」(ほうじょうつかた)と言われた広大な潟湖だったそうです。
放生津潟を浚渫し海とを仕切っていた砂州を掘削、港湾を整備し昭和43年に富山新港が開港しました。砂州の上を通っていた射水線と道路は分断されてしまい、代替として運行されるようになったのが富山県営渡船です。
富山県営渡船は朝夕15分毎、日中30分毎に運行されています。
また、射水線代替のほか、富山新港開港前からあった道路の代替でもあるため、運行は24時間行われています。ただし夜間は車両(タクシー?)で代行され、さらに深夜は事前予約性となっています。
そこに堀岡から入ってきた渡船
折り返し8時7分発の堀岡行きとなります。
富山県営渡船は「越ノ潟フェリー」とも言われます。越ノ潟、とは放生津の別名です。
もっとも「フェリー」と言っても自動車航送はできません。
とはいえ英語の「ferry」はそもそもカーフェリーに限らず定期的に運行される船舶全般を意味するので、言葉の使い方としては正しいでしょう。
通学の高校生含む数人の乗客が降りてきました。
乗り込むのはぼく一人でした。
運賃は無料です。なので出札も改札もありません。
船室
所要5分程度の航路なので、座席は簡素なシートが申し訳程度に設置してあるだけです。
一階の甲板
駐輪スペースでしょう
2階の甲板に上がってきました
ここで堀岡に着くまで過ごすことにします。
新港大橋が対岸の堀岡まで伸びています。
新湊大橋の開通は平成24年、これにより富山新港により分断された港の東西が再び結ばれることになりました。
新湊大橋は徒歩や自転車でもわたることができます。新湊大橋の開通後に渡船の廃止も検討されたそうですが、諸事情あり見送られて現在のところ運行は継続されています。
もっとも利用客の減少は続いており、渡船の廃止は事あるごとに協議の俎上に上っているそうです。
8時7分、出港します。
進行方向右側、かつての放生津潟、現在の富山新港
進行方向左側
そのうち堀岡の発着場が近づいてきます。
わずか5分の船旅でした
越ノ潟へ向けて折り返し運航される渡船
数人の乗客が乗り込んでいきます
堀岡発着場
船をおりて、左側に歩いていきます
海沿いに先のほうへ進んでいきます。
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富山県 渡船