
伊予鉄道の三津駅まで戻ってきました
昭和6年ごろに建てられ平成20年に解体された洋風建築の旧駅舎を模して平成21年に建てられた駅舎。中は売店と待合室になっています

踏切渡った島式ホームにはもう一つ駅舎が建っています
出札・改札はこちらの駅舎のほうで行われています
駅員さんに携帯電話の「市内電車・郊外電車1Dayチケット」の画面を見せてホームに上がります

高濱から入ってきた三津7時30分発横河原行き

ロングシートの通勤型電車

JR予讃線が見えてきました

そして電車は古町に入ります
車両基地が併設されています

軌道線(市内電車)の車両基地も併設されています

古町駅
濱の松原はや跡に
なりて迎ふる古町驛
まぢかく仰ぐ勝山の
城に昔ぞ忍ばるゝ

古町を発車すると、軌道線の線路と平面交差して進んでいきます
電車は松山の市街地にはいり、

さっき別れた軌道線と、大手町の踏切で交差します


伊豫鐵道の本社ある
松山驛の近くには
役所兵營女學校
出で入る列車の數多し
松山市駅は明治21年開業。当時は松山駅と称していました。当時、愛媛県に官鉄(国鉄)はありませんでした。
昭和2年になり国鉄讃予線(現JR予讃線)が高松の方から延伸してきました。この時、松山駅の名を譲るように国から圧力がかかり、伊予鉄道は松山市駅と改称したそうです
松山市駅からは高浜線から横河原線に変わります。ほとんどの列車は両線を直通しています

石手川を渡ります
間もなく渡る石手川
左右の廣き堤には
枝さしかはす木々高く
さながら自然の公園地

そして電車は鉄橋の上で停まりました
鉄橋の上には狭いホームが作られています

明治26年開通の石手川橋梁の上に、昭和47年になってホームが作られました

松山市の郊外を走っていきます

福音寺駅
変わった駅名で何か由来があるのか・・と思いましたが、駅の所在地が「福音寺町」というようです。駅周辺には福音寺と言う名のお寺は見当たりませんでした

久米駅
立花出でて久米の驛
名高き神社佛閣は
日尾の八幡三藏院
歌詞にある名高き神社仏閣というのは、駅近くの「日尾八幡神社」、およびその隣に建つ四国八十八箇所霊場第四十九番札所の「西林山三蔵院浄土寺」のことだと思われます

そして鷹ノ子駅、7時59分着
ここでいったん降ります
片面ホームだけの棒線駅で、ホームの幅も異常に狭いです

道路にへばりつくように小さな駅舎が建っています
しかしこれでも有人駅でした。駅員さんに携帯電話の「市内電車・郊外電車1Dayチケット」の画面を見せて出てきました

鷹ノ子駅を出て歩いていきます


先に鉄道唱歌の歌詞を紹介した時「四国八十八箇所霊場第四十九番札所の『西林山三蔵院浄土寺』のことだと思われます」と記しましたが、
実はこの時点では歌詞にある「西林寺」とはここのことだと思い込んでここまでやってきた次第であります・・・
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