
JR松山駅前から乗ってきた電車は、15時6分に古町駅を発車していきます

高浜線から分かれて進んでいき、

この踏切と交差する道路上にも本町六丁目駅のホームがあり本町線の電車が発着しますが、一日6往復のみ、土・日・祝日は全便運休という、市内電車とは思えない寂れようです

木屋町に入ります
名殘は殘れど松山に
歸りて城の西北を
古町木屋町打過ぎて
行けば道後の温泉場
この木屋町から先、伊予鉄道唱歌が作られた明治41年当時は現在と経路が違っていました
現在は高砂町・清水町・鉄砲町と進んで上一万へ進んでいき、そのまま松山市駅まで進んでいきます。道後温泉に行くには上一万で乗り換えが必要となります。
伊予鉄道市内線のルーツとなる道後鉄道は明治28年に開業し、明治33年に伊予鉄道に合併されました。当時は愛媛大学の北側を進み、そのまままっすぐ道後温泉に向かっていました。一方、道後温泉からは一番町(現大街道)までの路線が出ていました。
(参考 路線図の考察~伊予鉄 路面電車の変遷~ │ 伊予鉄公式ブログ)
その後、様々な変遷を経て現在の路線となるのですが、地図を見ると緩いカーブを描く道路とか、不自然に斜めに走る道路とかあり、かつての廃線跡だと推測することができます

電車は専用軌道を走っていき

再び併用軌道に入ります


15時27分、上一万駅駅に入ります

ここで道後温泉行の電車に乗り換えます
地下道を渡り、

15時31分、松山市駅から入ってきた道後温泉行の電車に乗り換えます

道後温泉に通じる現在の路線は明治44年に松山電気軌道が開通させたものです
松山電気軌道は大正10年に伊予鉄道に合併されます

15時38分、道後温泉駅に到着

代々の帝の大行幸
ありし歴史をいたゞきて
浴室清く町廣く
天下に知らるゝ湯の驗
浴後の散歩試むる
道後公園あたゝかに
春風木々を吹く時は
滿山さくら滿地雪
花の木の間に見渡せば
ただ一幅の圖となりて
ながめやらるゝ松山市
あれ見よ三津も興居島も

道後温泉駅は終端駅ですが、駅の先のほうまで線路が伸びていて折り返し電車の停留に使われています
この線路がおそらくかつての道後鉄道、伊予鉄道唱歌で歌われている伊予鉄道道後線の名残だと思われます
その停留線から松山市行きの電車が入線してきました
今度の電車は古い昭和の電車です

車両番号は2002
調べてみると、昭和39年に製造された元京都市電の車両です
このままこの電車で折り返し、かつての一番町(現大街道)まで行ってみます

15時40分、電車は道後温泉駅を発車します


15時53分、大街道駅(旧一番町駅)に入ります
湯の神社にも詣でたり
いざ又汽車に打ち乘りて
一番町に疾く行かむ
約せし友も待つべきに
当時はここが終点でした。
べつに約束している友達はいませんが、ここで降ります

大街道駅(旧一番町駅)
と言った感じで、

大街道の商店街
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