上野国を行く 13
山王廃寺を後にして歩いてきました
道路脇に何やら巨大な石碑
近世にこの地域にいた都丸高親さんとか言う人をたたえる石碑だそうです
そこから歩いて、
グーグルマップに「上野国分寺」と表示が出ていた寺にやってきました
右側の石柱には「上野國分寺」と彫ってあります
ここって、上野国分寺の流れをくむお寺なのでしょうか
左側の石柱には「薬師如來」
お墓が並ぶ境内
境内にはお堂が一つと、トタン屋根の崩れかけた建物
国分寺にしては、なんか言いようのない孤無感を感じるのだが・・・
ここは無人のお寺のようです
立派な「上野國分寺」の扁額がかかっておりますが・・・
実はこの後訪れた、上野国分寺ガイダンス施設のスタッフさんに尋ねてみたところ、
ここは聖武天皇の詔により創られた上野国分寺とは直接の関係は無いとのことでした。
後世、地元の人たちにより立てられたお寺で、名前だけ上野国分寺を名乗っているそうです
誰でも編集できるwikipediaには後継寺院として掲載されていますが、やっぱり専門家に聞いてみないと正確なことはわからないですね・・
で、その上野国分寺を離れて歩いていきますと、
道の角に「猿田彦大神」と彫られた石碑
サルタビコは道祖神としても信仰されています
そして、上野国分寺跡まで歩いてきました
施設名 | 上野国分寺 |
所在地 | 群馬県高崎市東国分町317-1 |
電話 | |
FAX | |
営業時間 | |
定休日 | |
料金 | 境内無料 |
交通 | 群馬総社駅より徒歩35分 |
バリアフリー情報 | |
駐車場 | 無 |
令和5年6月現在
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