紀伊国を行く 6
「産道から急坂を登った本殿前」に駐車場があるそうです
その駐車場にクルマ停めます
そこから少し歩いて戻って、
改めて参道の入り口まで来ました
改めて一の鳥居に拝礼してくぐって、参道を歩いていきます
神功皇后が三韓征伐から凱旋して大和に凱旋するとき、忍熊王(おしくまのみこ)が反乱を起こしました。
神功皇后は皇子(後の応神天皇)を武内宿祢(たけうちのすくね)に守らせて、自らは日高郡衣奈まで迂回した後に再び安原の津田浦に上陸、頓宮を建て滞在したのが当神社と言われます。
この地は武内宿祢の生誕地であり一族が勢力を誇っていたため、皇后も安心して皇子を預けたそうな
日本書紀によると、景行天皇が紀伊国に巡幸しようとしたが、占いでよくない結果が出たので中止した。代わりに屋主忍男武雄心命(やぬしおしおたけおごころのみこと)を派遣したところ、そこで現地の豪族の娘を娶って産まれたのが武内宿祢だそうです。
昨日からよく見た、横に長い通り抜けられる拝殿?
今回、先日と本日の2日間、和歌山県の神社をいくつか回ったのですが、共通の特徴がありました
境内の奥にこのような横に細長い社殿が建ち、その中央が通り抜けられるようになっています。
その奥に垣根があって、そこから先は一般の参詣客は入れません。垣根には中央と左右に3か所の拝所が設けてあり、中央の拝所の奥に本殿が、左右の拝所の奥にそれぞれ境内社が建っている、という感じです。
駐車場横の手水舎
拝殿?の中を通り抜けると、
そこに拝所が設けられています
向かって左側にも賽銭箱が設けられています
「瑞穂神社」「稲荷神社」です
格子の奥を覗いてみますと、境内社の祠がふたつ建っています
向かって右側にも賽銭箱がふたつ
奥に二つ祠が建っています
「高良神社」「織染神社」だそうです
横に長い拝殿?の内部
片側は東屋のような休憩所となっており、片側は社務所のようです
境内の奥に行ってみますと
そこにあった石碑
読みにくいですが「安原八幡宮 長壽之井」と彫ってあるようです
長寿の井、とは300年生きたという武内宿祢にちなむものでしょうか
もっとも境内を見回しても井戸のようなものはありませんでした
では、駐車場にクルマ置いたまま表の通りに出て歩いていきます
この先、安原八幡宮の奥社で武内宿祢生誕の地という武内神社です
施設名 | 安原八幡神社 |
所在地 | 和歌山県和歌山市相坂671 |
電話 | 073-479-0160 073-479-3140 |
FAX | |
営業時間 | |
定休日 | |
料金 | 境内無料 |
交通 | 和歌山電鐵 岡崎前駅より徒歩25分 |
バリアフリー情報 | |
駐車場 | 有 |
令和6年10月現在
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