カリバ旅行記

狩場宅郎のカリバ旅行記。温泉、鉄道、路線バスなど。

出島 前編

長崎路を行く 8

 

オランダ坂を降りてから、長崎市内を歩いてきました。

 

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 ここは出島の南東端です。

 

 

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 出島は江戸時代初期に埋め立てて造られた人工島ですね。明治以降、周囲も埋め立てられて今は長崎市内に埋もれています。

 

西暦1638年、幕府の禁教政策に基づきポルトガル人を管理するために築造されました。ポルトガル人の追放後はオランダ商館を置き、鎖国下の日本において唯一の西洋との窓口となりました。

 

 

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 道路上の舗装の色の異なるラインが出島の東側の範囲を示している、そうです。

ここは出島の東側に当たります。写真奥に出島橋がかかっています。

 

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 出島の北東端から中嶋川の対岸にかかる出島橋。

 

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 出島橋は明治43年に建設された、一般に共用されている道路橋としては日本で最も古いものだそうです。

 

 

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 出島北東端から覗く出島の内部

 

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 出島橋の上から見る出島

 

では、ここらで引き返し、

 

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 また出島の南東端に戻ってきました。

柵の向こうに見えているのは出島神学校だそうです。

 

 

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 出島の南の縁に沿って歩きます。

出島の石垣が復元されています。

 

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 これは「デジマノキ」

 

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 東安アジアに分布するナンヨウスギ化の常緑樹、だそうです。

 

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と、歩いているうち、電車の軌道が合流してきました。 

 

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 このあたり、石垣の上に練塀が再現されており、中を見ることができません。

 

 

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このあたり、出島の南西端です。

 

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 さらに出島に沿って歩いていきます。

 

8月初めの長崎行きのレポートをアップしている最中ですが、その長崎や佐賀、福岡、熊本などの各地では昨日から大雨が降り、各地で警報が出され避難指示も出ています。

明日からさらに西日本各地の広い範囲で大雨となるようです。台風が過ぎたばかりですが、厳重な警戒をお願いいたします。

 

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出島