出雲神話の伝承地を訪ねて 18 /青春18平成30・31年冬紀行 5日目
少し戻って、右手に進む山道
この山道が「伊賦夜坂(いふやさか)」だそうです。
日本神話
イザナミは黄泉の国の大神となった。
道をふさいだ大岩はチガエシ(道返し)の神と名付けられた。
この死者の国へ通じる黄泉比良坂は、今でいう出雲国の伊賦夜坂である。
古事記ではイザナギが黄泉の国を訪ねるシーンはこのような記述で結ばれています。
山道を進んでみます。
しばらく行くと道が二手に分かれます。分岐点にある「塞の神(さえのかみ)」、小石が積み上げられています。
駐車場にあった看板に
「塞の神が祀ってあります。日本書紀に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉比良坂で『ここから入って来てはならぬ』と言って投げた杖から出現した神であると記されています。地元では、この道を通るときは塞の神に小石を積んで通るという風習があり、今でも小さな小石が積まれています」
とありました。
(1月27日のレポート、ページ最後の写真参照)
このレポート作成中に改めて日本書紀を読み返しましたが、「塞の神」に関する記述は見つけられませんでした。
ただ、一書(あるふみ)に、岐神(クナドのかみ)の記述を見つけました。
日本神話(日本書紀巻一第五段一書より)
イザナギは千引の大岩で黄泉平坂をふさいだ。
イザナギは「ここから先には来るな」と杖を投げた。この杖がクナド(岐神)となった。
さらに帯、衣、褌、靴も投げ、このそれぞれが道の神となった。
だそうです。
「塞(サイ、ふさぐ)」と「岐(キ、わかれる)」とはちょっとニュアンスが違うような気もしますが・・・地元の風習と日本神話とがごっちゃになってるんでしょうね。
ちなみにこれまで「日本神話」として紹介してきたのは、基本的に古事記をベースにぼくなりに解釈・脚色して現代語に要約して記述しています。
古事記の人間味あふれてずんずん引き込まれていく物語に比べて、日本書紀は「国家公式の歴史書」という性格上文章が固く、しかも「一書(あるふみ)にいわく・・・」と別伝をいくつも収録していて、読みにくいんです。
まあ、とにかくここで、まっすぐ進む道と左に分かれる道とに分岐します。
左に分かれる道に入ってみます。上り坂が続き、尾根に出たかと思うと、
いきなりこんな看板が現れました。
まあ確かに、これ以上先に進むのは不可能です。
ここで引き返し、さっきの分岐点「塞の神」まで戻ってきました。
ここで元の道を進みますと、下り道となり
ハイ、ここで黄泉の国から現世に戻ってきた感じです。
ここから歩くと、また国道9号に合流しました。
先日のレポートで三枚の看板が出ていた分かれ道です。
(↓この交差点)
ではここから歩いて次の目的地に向かいます。
細い川沿いの道を歩いていくと、川の向こうに見えて来ます。
次の目的地、揖屋神社です。
表通りに出て、神社の正面に向かいます。・
施設名 | 黄泉比良坂 |
所在地 | 島根県松江市東出雲町揖屋 |
電話 | 電話 0852-52-2428(東出雲町観光物産協会) |
開園時間 | 入場自由 |
料金 | 入場料無料 |
アクセス | JR揖屋駅から徒歩20分 松江駅・米子駅から日ノ丸バス平賀停留所下車徒歩5分 |
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