一之鳥居。慶長14年(1609年)、福岡藩主の黒田長政が寄進したものだそうです。
筥崎宮は大分の宇佐神宮・京都の石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つとされています。
八幡宮とは応神天皇を祭っている神社でのことです。別名、八幡神(やわたのかみ)ともよばれ、武運の神として武家の信仰を集めてきました。
筥崎宮境内
手水舎。
お潮井砂。お汐井浜でとってきたものでしょうね。「しお」の字が違いますが・・・
湧出石。触ると運が湧き出るそうです。
御神木の筥松
楼門、この先に拝殿・本殿がありますが、ここから中には入れません。
中では七五三の祈祷が行われてました。
「敵國降伏」の扁額は鎌倉時代の蒙古襲来の折、亀山上皇が書かれたものだそうです。
楼門の横にある、亀山上皇の彫像です。ガラスケースの中に収められています。
一通りお参りしてから裏に回ります。
裏には東西に末社が並んでました。
本殿の真裏にある裏門から出ます。
筥崎宮の裏門。昔はこのすぐそばに箱崎駅がありました。今は高架化され、小倉寄りに移設されています。
ちなみに鐡道唱歌山陽・九州篇の38番の歌詞は次のようになっています(著作権消滅済み)
おとにきゝたる 箱崎の
松かあらぬか 一むらの
みどり霞みて みえたるは
八幡の神の 宮ならん
鉄道唱歌にも歌われた筥崎宮の杜は、今JRの列車からは、立ち並ぶマンションの隙間から一瞬見えるだけになっています。
そして今の箱崎駅です。ここから電車で帰ります。
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