カリバ旅行記

狩場宅郎のカリバ旅行記。温泉、鉄道、路線バスなど。

「関門連絡線」で本州から九州へ/ 2 赤間神宮前編/青春18平成29年夏紀行2日目

 
さて、バスを降りれば、目の前が赤間神宮です。
ですが、まずはいったん、道路を渡って海側へ。
 
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道路向かいの駐車場から見た赤間神宮
 
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駐車場の海側には、赤さびた碇のモニュメント
 
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壇ノ浦の合戦で平家の武将が碇を背にして入水した、という故事にちなむもののようです。
 
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関門海峡の流れは相当早いようです。それに今日は台風が近づいてきてます。風が強く吹荒れています。
 
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関門橋が遠くに見えます
 
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駐車場横の緑地には「朝鮮通信使上陸淹留之地」の石碑。「淹留(えんりゅう)」とは見慣れぬ言葉ですが、調べてみると長い間とどまる、という意味だそうです。玄界灘を渡ってきた通信使はここで上陸して休憩してたんでしょうね。
 
碑には、支那語朝鮮語、日本語、英語で説明文が書いてあります。
私は日本語以外全く分かりませんが、読んでみると
 
「・・・先進文化の国からの一大文化使節としても、洗練された学問・芸術と、燦爛たる異文化の香りを伝え・・・文化交流、親善の大いなる成果を果たした・・・」
 
・・・朝貢に来た通信使が『先進文化の学問・芸術を伝えた』だって。
 
朝鮮通信使が記述した「日東壮遊歌」という書物には、未開の李氏朝鮮からみた江戸時代の日本社会に対する驚き・妬み・羨望が記されているそうです。
 
そもそも、先進国が未開国に使節団を派遣するなんて、中華思想に染まった当時の支那朝鮮ではありえなかったことだしね。
 
日本と朝鮮・シナの「歴史観」はともかくとして、正しい歴史の「事実」、昭和の時代に教育を受けた世代はまだまだ知らない者も多いでしょうね。
 
 
リンク
 
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